え、刑務所でピックルボールが流行ってるって本当?
そうなんです。アメリカの複数の刑務所では、受刑者たちがラケットを握り、コートで笑いながらプレーしていると話題になっています。
面会や娯楽も制限されがちな環境の中で、このスポーツが「ちょっとした解放感」や「笑い」「ストレスからの一時的な脱出」をもたらしているのです。驚きとともに、そこにある“人間を取り戻す力”に注目が集まっています。
🌍世界の事例紹介
① コネチカット州 MacDougall-Walker 刑務所での導入
アメリカ東部にある厳重警備の MacDougall‑Walker Correctional Institution では、ピックルボールを更生プログラムとして活用する Pickleball for Incarcerated Communities League(PICL) が2023年にスタートしました。PICL自体は2017年に活動を開始し、今では州内の複数の刑務所で実施されています 。
コーチの Angelo Rossetti は技術指導にとどまらず、受刑者と人として向き合う姿勢を貫いています。ある若い受刑者から「僕を犯罪者として見ますか?」と問われた際、「いいえ、私はあなたをひとりの人として見ています」と返答したエピソードは、受刑者に「人として扱われている」という深い実感をもたらしたと報じられています 。
閉ざされた環境において、ただのゲームが“人間らしさ”を回復するきっかけになる事実は、非常に示唆的です。
🔗 ctpublic.org
② 受刑者の心の変化とストレスの解放
「ピックルボールをすると、ここがどこだか忘れられる」
これは実際に刑務所でプレーした受刑者の言葉です。普段は閉ざされた環境にいる彼らにとって、体を動かし、笑い合う時間は貴重な“逃避”であり、精神のリセットにつながります。
また、関係者からは「暴力やトラブルが減少した」と語られており、ピックルボールが単なる娯楽以上に「刑務所内の秩序を保つソーシャルツール」としても機能していることが強く示唆されています。
🔗 11pickles.com
③ 公式ランキング(DUPR)が繋ぐ“社会復帰”への道
興味深いのは、刑務所の中で DUPR(Dynamic Universal Pickleball Rating) という公式ランキングシステムが導入されていることです。これは世界で最も広く使われているピックルボールのレーティングで、レベルに関係なく誰でも同じ基準で評価されます。
コネチカット州のMacDougall-Walker刑務所では、17人の受刑者がこのDUPRイベントに初めて参加しました。電子機器が使えないため、試合のスコアは紙に記録し、その後匿名のままデジタルシステムに登録されます。
こうして受刑者は、出所後に「公式ランキングを持つプレーヤー」として地域のクラブに参加することができます。つまり、過去の犯罪歴ではなく「ピックルボールプレーヤー」としての新しい肩書きを持てるようになるのです。この取り組みは、スポーツが社会復帰の橋渡しになり得ることを示す象徴的な事例といえるでしょう。
🔗 thedinkpickleball.com
④ ドキュメンタリー映画「Pickleball in Prison」
カリフォルニア州では、6つの刑務所でのピックルボールの取り組みを追ったドキュメンタリー映画「Pickleball in Prison」 の撮影が行われています。
制作者は、受刑者がラリーを続ける姿や試合後に互いを称え合う光景を通じて、「更生の現場」に光を当てたいと語ります。
映画が公開されれば、一般社会の人々が「スポーツの持つ更生力」を目の当たりにし、刑務所のあり方や受刑者の未来について考えるきっかけになるかもしれません。
🔗 cdcr.ca.gov
⑤ 全米に広がる波及効果
この取り組みを広めたのは、元銀行家のロジャー・ベリア氏。きっかけは2017年、Cook County Jail(シカゴ)での導入でした。その後、非営利団体 PICL(Pickleball for Incarcerated Communities League) を通じて活動は拡大。現在では、全米18州以上、60以上の刑務所に広がっています。
かつては対立や暴力に満ちた環境で、今ではコートの上でラリーを交わす光景が当たり前になったのです。この変化はまさに、ピックルボールが“現場の秩序を保ち、心をつなぐスポーツ”へと進化している証と言えるでしょう。
🔗 sfgate.com
まとめ —— ピックルボールが示す「尊厳」と「日常への橋渡し」
刑務所でのピックルボールの取り組みを追っていくと、ひとつの共通点が見えてきます。
それは「人は環境に閉じ込められていても、心が解き放たれる瞬間を求めている」ということです。
ラケットを握り、ただボールを打ち返すだけの行為。
それなのに、受刑者は笑い合い、時に涙を流し、「自分はまだ人間だ」と思い出す。
ここには「スポーツは人の尊厳を呼び覚ます」という根源的な力があります。
また、DUPRのような仕組みを導入することで、彼らは“社会に帰る道筋”を手にします。
過去の過ちを消すことはできません。でも「ランキングを持つピックルボールプレーヤー」として、新しい肩書きを背負える。
これはスポーツが「第二の名刺」になり得ることを示しています。
そしてこれは、決して刑務所だけの話ではありません。
私たちの日常でも、小さな趣味や仲間との時間が「心を解き放つ瞬間」となり得ます。
たとえば、同僚とのランチでの笑い、友人との週末の運動、家族とのささやかな遊び。
一見ささいに思える行為でも、人を支え、前に進む力を与えてくれるのです。
刑務所という極端な環境だからこそピックルボールの力は鮮明に見えます。
でも本当は、私たちの身近な日常の中にも同じ力は潜んでいる。
気づけるかどうかで、人生の見え方は大きく変わります。
小さなボールを打ち返す中で蘇る尊厳や希望。
その姿は、「人は誰しも変われる」というシンプルで力強い真実を教えてくれているのです。